超伝導

酸化物高温超伝導体の原子層制御結晶成長ー


 

原子層制御MOCVD法による酸化物超伝導超薄膜の作製
 

1. まえがき
           
 1986年に酸化物高温超伝導体の発見が報告されて以来、薄膜成長研究が世界各地で 盛んに行われてきた。特に積層接合型電子デバ イスへの応用には、原子レベルで制御 された精密な薄膜成長技術が要求されるようになった。ここでは、超平滑超伝導膜の 作製に有効な原子層制御MOCVD法について報告する。
 

2. MOCVD原料と装置

  代表的な酸化物超伝導体のYBa2Cu3O7-x(以下YBCO)は希土類、アルカリ土類、遷 移金属などの元素で構成されている。これら の金属のMOCVD原料プレカーサにはβジ ケトン金属錯体が用いられる。一般にβジケトン金属錯体は室温で固体粉末であり,MOCVD成長に必要な蒸気圧を得るためには100〜200oCにする必要がある。βジケトン 金属錯体のうちBa化合物は安定性に問題があった。Ba原子のサイズがリガンドと比較 して大きいため、隣接するBa(DPM)2分子同士が会合することによりオリゴマーを形成 して蒸気圧が低下してしまう。これを防ぐために第2世代プレカーサが開発された。 化合物半導体のMOCVDにおいても同様の問題があり、アダクツの採用によって解決し ている。βジケトンの場合も同様にBa原子を囲むアダクツの立体障害効果により、Ba 原子同士の 会合を防ぐことにより、プレカーサの劣化の問題が解決された。
  われわれが使用した原子層制御MOCVD装置は、原料プレカーサ供給系、反応管、排 気系は通常の減圧MOCVDと共通であるが、原料ガスをコンピュータ制御により結晶格 子の原子配列の順番通りに供給できる点と、光学反射測定によりエピタキシャル膜の 膜厚や2 次元ステップフロー型か3次元島状成長かという結晶成長モードをその場観察 できる点が特色である。原料プレカーサの蒸発器温度は、Y(DPM)3が110oC、Ba(DPM)2 (phen)2が195oC、Cu(DPM)2が80oCである。キャリヤガスのArの流量は200sccmである 。原料ガスの1パルス当たりの供給時間は30-60秒と反応管のガス滞在時間やバルブの 応答時間に比べて十分長くとってある。各金属原料ガスの間にはArパージガスが10秒 間入って確実に原子層ごとにガスが切り替わるようにしてある。酸化剤としてのN2O ガスは定常的に200sccmの流量で供給している。基板材料はすべて、化学機械研磨処 理を施してあり、原子間力顕微鏡(AFM)で測定した表面荒さは、SrTiO3(STO)基板が0. 14nm、MgO基板が0.73nm、NdGaO3(NGO)基板が0.09nmであった。堆積中の基板温度は65 0oC、反応管圧力は2Torrであった。所望の膜厚まで堆積を行ったら、基板温度を400o Cまで下げて、O2ガスを導入し10分間保持して酸素のドーピングを行い、膜を超伝導 にする。
 

3. 超平滑表面YBCO膜の作製
 
 MOCVD法で堆積したYBCO膜の表面モフォロジーは、AFMにより評価した。非常に平滑 なYBCOの上に異相析出物が存在する。析出物の主な成分はCuOxであることが分析から 確かめられている。析出物の間隔は、同時供給法の場合0.5μm、原子層成長法の場合数μmである。YBCO相と析出物相との明確な分離は成長表面における化学種の拡散が 促進されているためである。
   異相析出物の形成要因を調べるために、STO基板上に堆積したYBCO膜をフォトレジ ストによりパターニングを行い、プロセスの前後で同一場所をAFM観察できるように した。1%のリン酸でエッチングすると、YBCO膜だけが除去され、析出物は残った。 このことから、析出物はYBCO膜の表面だけにのっているのではなく基板から直接発生 していることが分かる。さらに長時間リン酸でエッチングすると、析出物もすべて除 去される。さらにバッファフッ酸でエッチングするとSTO基板に四角形のエッチピッ トが発生する。異相析出物の位置はエッチピットの位置にほぼ対応していることが分 かった。
   以上の実験事実から異相析出物の発生原因として次のようなモデルが考えられる。 STO基板表面の欠陥からCuOxの核成長が優先的に起こる。CuOxの成長速度はYBCOに比 べてけた違いに大きい。いったんCuOxの核が形成されると、CuOxがエピタキシャル成 長して析出物を形成する。この時、YBCO相からもCu原子を引き抜いていくので、一般 に超伝導性の高いYBCO膜を作製するためには、平均組成としてCu過剰の条件にする必 要があることも説明できる。
   それでは、CuOxの異相析出物を作らないためにはどうしたらよいだろうか?第1に 、基板上に人工的なゲッターを形成する方法である。グラフォエピタキシーにヒント を得た方法で、析出物はゲッター上に形成され、周囲は平滑になる。第2の方法は、S TO基板上にSTOエピタキシャル膜をバッファ層として形成する。GaAsなどで良く用い られる方法であり、エッチピット欠陥密度を低減するねらいがある。第3の方法は、S TO基板上にSTOエピ膜以外の阻止層を設ける方法である。STO表面の欠陥を被覆して、 基板からのエピタキシャル情報を損なわないことが条件である。第4には、たとえ析 出物を形成してしまっても、STMチップを利用して除去することが可能である。
   以下では、原子層MOCVD法の特徴を最大に発揮する第3の方法について述べる。Cu原 子から始める方法で作製したYBCO膜には異相が多く混ざることを既に報告している。 重要なことは、Cu原子がSTO基板上の欠陥と直接接触しないようにすることである。 従って、原子層成長ではBaまたはYから出発すべきであるが、BaOはCuOxやY2O3のよう に安定ではなく、続いてCuやYが供給されるとYBCOに変化するので都合がよい。そこ でわれわれは、Ba原子から成長を開始している。block-by-blockモードのMOCVDによ り、25μm四方にわたって析出物のないYBCO膜の作製に成功した。
   原子層MOCVDモードでもピンホールのないBaO層を形成できれば、CuOx相の形成を阻 止することができる。10μm四方にわたって析出物は観測されない。表面のプロファ イルを測定すると凹凸は±1分子層以下であることが分かる。原子層レベルで平滑な 表面が 広がっている。通常のレーザーアブレーションなどで作製したYBCO膜のテラス 幅は100nm程度が最大であることを考えると、MOCVD膜は驚くほど平坦といえる。Sche elと宮澤によれば、原子層レベルで平坦な薄膜を得るための条件は、過飽和度が低いことと、基板との格子不整合が少ないことである。MOCVDで特に堆積速度が低い場合 には、熱平衡状態に近い過飽和度の低い状態になっていると考えられる。YBCOとSTO の格子不整合は1%ある。格子不整合が0.3%のMGOを基板として原子層MOCVD法で作製したYBCO膜の表面は、さらにテラス幅が広がっており、膜厚が10nm程度の極薄膜でも 液体窒素温度以上の臨界温度をもつ超伝導特性を有する高品質な膜であり、積層型ト ンネル接合の形成にも極めて有望である。
 

4. 結論
 
 酸化物高温超伝導体の原子層制御MOCVD薄膜成長技術を開発した。デバイス応用に 必要な平滑表面を得るために、原子層ごとに原料を交互供給する方法が有効であるこ とを示した。特に、堆積初期過程に於いて、基板上の欠陥からの異相析出物の選択成 長を抑制することが重要である。上述の原子層制御MOCVD法は個々の原料供給パルス 時間を大きくとっているために堆積速度が非常に低い。装置の改良等によりパルス時 間を短くして堆積速度を上げた場合に、過飽和度が上昇し、結晶の平滑性にどのよう な影響が現れるかが今後の課題である。
    原料の供給法やモニター法もさらに開発を続ける必要がある。液体状態で使用する 第3世代プレカーサや、超音波や紫外光吸収を利用した原料ガス流量モニターの進展 が期待される。