ナノクリスタルシリコン

ーシリコン極微構造効果デバイスー


プラズマプロセスによるシリコン量子ドットの作製と物性評価

(東京工業大学 量子効果エレクトロニクス研究センター 小田俊理 )
 

1. まえがき

 近年、光るシリコンの報告などをきっかけにシリコンナノ構造の研究が盛んになっ ている。しかし、シリコンナノ構造のサイズを均一に そろえることや、位置を精密に 制御することは難しく、電気特性により量子効果を明確にすることは困難であった。 本研究では、核形成と結晶成長を時間分離するデジタルプラズマプロセスのアイデア により、粒径の制御されたシリコン量子ドットを作製し、光学特性および電気特性の 測定によりナノ構造に特有な量子効果物性を評価した。  

2. シリコン量子ドットの作製

 シランおよび水素をグロー放電プラズマにより分解して原料のラジカルを形成した。シリコン量子ドット構造の形成は、アモルファスシリコン薄膜を水素ラジカルの作 用により結晶化する固相核形成法とプラズマセル内でシリコン超微粒子結晶を形成する気相核形成法の2通りを行った。ここでは、後者について述べる。
 気相核形成法によるシリコン量子ドット作製装置は、10-10Torr台まで排気出来るシリコンMBE装置を改造したものであるが、クヌーセンセルの代わりにプラズマセルを備えている。プラズマの発生には144MHzのVHF発振器を用いた。VHFプラズマは、ラ ジカル発生効率が高く、セルフバイアスが低いという特徴がある。プラズマセル内でシランガスを分解してシリコン超微粒子を形成し、オリフィスを通して超高真空チャンバ内の基板上に堆積する。ガスを流したとき、主チャンバの圧力は1mTorr台になる ので、プラズマセルで生成したシリコンラジカルは基板上まで到達できず、超微粒子だけが堆積する。AFMにより完全に球状のシリコン超微粒子が堆積していることを観 察できた。高分解能TEMと電子線回折によりシリコン超微粒子のサイズと結晶性を評価した。シリコン超微粒子は単一ドメインの単結晶であることが分かった。粒径が20nmを越えるとSi(111)のファセットが明瞭に現れた。粒径が30nmを越えると外殻部は アモルファスシリコンになった。プラズマセル内の器壁や基板などの壁にはアモルファスシリコンが堆積する条件である。シランラジカルは十分に高い化学エネルギーをもっているので、自由空間では結晶を形成するが、直径30nmのシリコン球は格子振動モードが多く、壁とみなすことが出来るようになり、表面に付着したシリコンラジカルはクエンチされるのであろう。シリコン超微粒子の原料としてシランガスを用いる ことは本質的に重要と考えている。結晶化の過程でシリコン超微粒子表面にはダングリングボンドは無く、水素原子で覆われている。真空チャンバから大気中にシリコン超微粒子を取り出して4時間経過後に赤外吸収スペクトルを測定したところ、Si-Oに よるピークは観測されず、Si-Hピークだけが観測された。シリコン超微粒子結晶の粒径は、プラズマセル圧力、水素希釈濃度、プラズマパワー、セル内ガス滞在時間など により決定される。これらの条件を変化させて、粒径4-6nmのシリコン超微粒子結晶をTEMで確認することができた。これ以下のサイズの結晶をTEMで直接観察することは難しい。水素ガスをプラズマ中にパルス的に供給することにより、核形成と結晶成長 を時間分離して単分散シリコン超微粒子の作製を行った。この結果8±1nmの粒径分布が得られた。

 

3. フォトルミネッセンス

 室温でシリコン超微粒子結晶に、He-Cdレーザーの紫外光を照射したところ、赤色発光を観測できた。800oCでドライ酸化を行ったところ、酸化時間を延長することに よりスペクトルはブルーシフトする事が分かった。これは、酸化処理により実効的な結晶粒径が減少することに伴うもので、量子効果により発光機構を説明することができる。
 

4. シリコン量子ドット擬1次元アレイの電気特性

 電子ビーム露光とECR反応性イオンエッチングにより多結晶シリコンの微小電極(間隔25-50nm)を形成し、この上にシリコン量子ドットを堆積した。多結晶微小電極 間を流れる電流は、2次元平面ではランダムに配列したシリコン量子ドットの間で最もトンネル抵抗の小さい経路により支配されるので、シリコン量子ドットの擬1次元アレイ構造の電気特性を測定することになる。電極間隔50nmの場合の試料を77Kで測 定したときの電流電圧特性からは、クーロンブロッケードにより電流が流れない部分 と、クーロン階段により等間隔のコンダクタンスピークが観測される。ピーク間隔か ら見積もった容量は1.3aFであり、10nm程度のシリコン量子ドット間の酸化膜で説明できる。最小電極間隔が25nmの試料からの電流電圧特性では室温でもクーロン階段による構造が観測できる。
 

5. 走査プローブ顕微鏡による単一量子ドットの電気特性

 単一のシリコン量子ドットからの電気特性を評価するために、金でコートしたプローブを有するAFMを用いて、基板表面像から特定の量子ドットを選んでプローブを接 触させ、電流電圧特性を室温大気中で測定した。シリコン量子ドットの表面は自然酸化膜あるいはドライ酸化膜で覆われている。ごく最近、共鳴トンネル効果で説明できる負性抵抗特性や、クーロン階段による構造を観測している。
 

6. 結論

 核形成と結晶成長を時間分離するデジタルプラズマプロセスにより、粒径の制御されたシリコン量子ドット構造を形成し、フォトルミネッセンスやクーロンブロッケー ド特性など、量子ナノ構造に特有な物性を観測した。室温でシリコン超微細構造の量子効果物性が観測されたことは将来の超集積電子デバイス応用に極めて有望である。超微粒子の位置制御についても、微小段差や、走査プローブ顕微鏡を利用した方法を 試みている。量子ドットの物性は表面の電子状態に大きく影響される。現在のところ 、シリコン超微粒子の形成と酸化は別の装置で行っているので、初期酸化膜は自然酸 化膜である。自然酸化膜の性質や厚さは雰囲気の湿度等の影響を受けるので、再現性ある試料形成のためには、初期酸化を超微粒子作製装置内で同時に行う必要がある。